女子学徒隊の概要


1944年より、軍および沖縄県学務課を中心に、沖縄全土の女子学生に対して、看護教育が行われるようになりました。
これは、米軍の沖縄上陸を前提とした教育であり、有事の際の戦場への動員を目的とするものでした。
激しい皇民化教育のもと、戦争の激化とともに女子学生たちは半ば強制的に各部隊に配属されていきました。
この際、教師などの学校関係者が引率者として行動をともにしたのは、ひめゆり学徒隊のみであったと伝えられています。

部隊名 ひめゆり学徒隊 白梅学徒隊 なごらん学徒隊 積徳学徒隊 梯梧学徒隊 ずいせん学徒隊
構  成 師範学校女子部
県立第一高女
県立第二高女 県立第三高女 積徳高女 昭和高女 県立首里高女
人  員 師範156名
第一高女65名
56名 10名 65名 17名 61名
犠牲者
(死亡者)
師範81名
第一高女42名
22名 1名 4名 7名 33名
死亡率 55% 39% 10% 6% 41% 54%
配属部隊 南風原陸軍病院
(球18803部隊)
第24師団
第1野戦病院
南風原陸軍病院
(北部分室)
第24師団
第2野戦病院
第62師団 第62師団
配置場所 南風原陸軍病院
識名分室
一日橋分室
糸数分室/他
八重瀬岳本部壕
新城分院
東風平分院
八重瀬岳の
急造の病院
豊見城城趾の
第2野戦病院
首里の
ナーゲラ壕
浦添分室壕
仲間分室
首里の
ナーゲラ壕
浦添分室壕
仲間分室
戦 跡 ひめゆりの塔
第一外科壕跡
第二外科壕跡
白梅の塔
松山公園
ガラビ壕
大典寺
豊見城城趾公園
梯梧之塔 ずゐせんの塔
※数字は資料によって若干名の違いがあります。

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